地蔵盆

地蔵盆の時期です。ここ数年、時代の波で土日に済まされることが多く、今年は、19日・20日でした。平日に仕事が休みにくくなってせちがらい世の中です。20年前は、祭りなど地域の行事で休むことも感覚として許されてました。逆に、仕事休まんならんほど地域の縛りが強いのだなあと気の毒に思ったほどです。今は、仕事至上主義。仕事は休めないものになってきました。そして、ブラックと言われる、人を人とも思わない働きを要求され、働いて収入を得て自分の生活を豊かにするはずが、働いてボロボロになりましてや死んでしまうなんて・・・。世の中間違っています。「ああ、仕事終わった。あそこで服見て帰ろうか。」とか、「さあ、仕事終わった。家に帰って一杯飲んであのDVD見ようか。」とか思えない人は異常ですよ。それに気づいてください。私は30年働いていますが、今の働き方はおかしい。特に、中堅のバリバリ会社を支えている人が無理することはずっとありますが、入りたての若者が過酷な労働強いられるのは、人間性のかけらもないじゃないですか。どうしてこんな風潮になったのでしょう。私は時の政治が悪く思えて仕方ない。じわりじわりと法律を変えながら、自由度を増しつつ勝手にできるように仕組んでいるのではないかと・・。だって、いろんな現実が明らかになっても本人が提訴でもしない限り改善されて行かないじゃないですか。法律は働く人を守ってくれていない。そして、働く人はあまりに法律を知らなさすぎる。「おかしい」と思う感覚を育ててもらっていない。学ぶ機会がないのです。学校で、しっかり教えてほしい。面接で住所聞かれても答える必要なないなど、就職差別に対しては聞いたことがありますが、働く人の権利は聞いたことがない。ストライキって何のことか社会に出るまで知らなかったですから。ただ、教科書を流すための指導ではなくて、これから社会の一員として生きるために「働いたら、こういうことが起こるんだよ・・。」「上司にこういうことを言われたら、どうしたらいい?」とか体験的な学習をしてほしいですね。これも、学校の大きな役割ですよ。もう一つ思うのは、被爆国日本、として戦争の歴史を学ぶこと。先日テレビで、終戦記念日を知らないパーセントが増えている、と伝えてました。実は私も学生の間は習ったけど試験用としてだけで、特にそこらへんはテストにも出ないので知りませんでした。それが、社会人になって平和な世の中であってほしいなあと願い、8月の終戦の番組に触れることで、ようやく、戦争が現実のものとしてとらえられ「終戦記念日」の重みを感じてきた。今になって、戦争をした日本をしっかり学校で教えるべきという気持ちになっています。広島への修学旅行もひと昔は偏向教育のように言われたけれど、被爆地を訪問できるなんて日本にしかできないこと。そして、家庭ではよほど意識が高くないと訪問できないという現実もあり、被爆の現実を知ることは日本の生徒は必須科目にしてほしいですね。

しまった・・。地蔵盆の思い出を語ろうと思ってたのに、学校教育への要望?になってしまった。時間切れ(+o+)。