トットちゃん

NHKで、黒柳徹子のドラマが始まりました。30年ほど前、窓際のトットちゃんで本を出された黒柳さん。それが、昭和のレトロ感を出しながらのドラマになってます。本も読んだのですがあまり覚えていなくて、でも、小学校を退学に追い込まれたという話は有名で、ドラマにもそのくだりがありました。黒柳さんは、ちょっと発達障害ではないかというのも有名ですが、その有名な方と比べるのもなんですが、うちの姉ちゃんもちょっと変わり者で通ずるものがあるような気がします。ただ、違ったのは親の対応です。ドラマでも、親はそんなトットを「何か一つはいいところがある、おまえにもいいところがある」と励まされたのです。そして、そのトットを受け止めて育てられたというのがおおきなちがいでしょうか。わたしもこどものことは大事な存在で嫌いになったことはないですが、親の都合を考えろ、と親の思い通りにならないと怒り爆発していました。トットちゃんを見ながら、何か、いろんな思いが交差します。

トットちゃんの描かれ方もいわゆるKYで、わが道を行く行動が多いです。スタッフの人は、何度言ってもダメだなあ・・・的な対応しているのですが、トットちゃんの個性を必要とした人がいたのですね。それをおもしろい、と感じた人がいたのです。“常識”というフィルターで物事を見るのではなくて、その人の発してくるオーラを見ることがいかに大事かを考えさせられました。トットちゃんは、絶対自分が悪いなんて思っていない。よかれ、よかれと思って行動することがちょっと周りと合わなくなってくるだけで本人の心はとても純粋です。人の見方っていうものを、もっとおおらかに、もっと優しく見ていかなければと自分自身反省だらけです。

その個性がうまく社会の中で歯車が回って黒柳さんはとても個性的で素敵なタレントさんになられました。家のトットちゃんも、すごく純粋で個性的で優しい人物ですが、歯車がうまく合わなくて、暗いトンネルを通ることになりました。どこかで、ギアチェンジをしなくちゃならないのでは・・・と最近思っています。人間は、一人で生きることはできません。何かしら、社会とつながりを持ち、いろいろなアクセスがあって自分の存在が社会の中で動くことが(動きの幅は大小様々でしょうが・・・。私なんか微々たる存在ですけど・・・。)やはりいいんじゃないかなあと思います。このまえも、ちょっとそんなことをしゃべったのですが、姉ちゃんは姉ちゃんの感性を大事にしながらできることをチャレンジしてほしいし、そして、1個人としてとしてそれを全面的に応援していきたいと思います。