読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

絵本

今日、地域でとある絵本作家をお呼びしてのライブがありました。保育園でも小学校でも読み聞かせをしていますが、なかなか絵本の文化は浸透せずお客さんは少なめでしたが、なんとかいいライブでした。夫婦で絵本を作っておられて、今日も夫婦でライブをされたのですが、絵本のよさと、ライブのむずかしさを感じた時間でした。ちなみに私はわき役ながら読み聞かせに携わってこの企画のボランティアの一員であります。旦那さんのほうが進行役でいろいろやられるのですが、参加者が少ないこともありのりが今一つで、笑わせようとされることが空回りのところもあり・・・。でも、奥さんのほうが淡々と絵本を読まれると子どもたちがふっと聞くんですね。絵本の力を改めて感じることができました。なぜ絵本に携わっているかは以前に書きました。やっぱり絵本はいいです。ちらっと聞いたのですが、ラフの絵なんか、これくらいって指で3cmほどたまるくらい書き直されるのだそうです。絵も、えっ、ここまで書いたのに・・・・と思うものもあっさり(ではないと思いますが)書き直しされ、一冊の絵本ができるのに、絵の書き直しは並大抵ではないようです。どれも、そんな簡単に出来上がってはいないんですね。わたしたちの仕事もそう簡単には行きませんし・・・。仕事って、できなくて当たり前、失敗して当たり前から始まることをこれもまた勉強になりました。上手な人はささっと仕上げているような感じになりますが、いっぱい失敗しているんですね。失敗作の何か一つが運もあってうまくいって賞をもらったり有名になっていくんですね。99%は努力ではあると思いますが、時の運も大きく作用しますよね。わたしの転勤もどう作用するか・・・。以前したい職種に周りの反対を押して携わったことがあると書いたと思いますが、それが、子どもにとってはよくなかったかもしれません。たまたま変われたっていう運が取り返しのないことを引き起こしたのかもしれません。でも、過去のことごたごた言っても始まりません。これからの運を楽しみに生きていきたいと思います。

そういえば、ボランティアの一人の親せきが私の職場の同僚であることが今日偶然判明しました。世の中は狭いなあと、二人で納得しました。運とは言い切れない偶然の積み重ねも世の中にはあるものですね。だからその人と何かあるわけでもないけどどこかでつながっているという偶然。ほんと、運命のいたずらとはよくいったものです。