ありがとう

昨日は5〇歳の誕生日でした。朝起きた時は夫はゴルフに出ていて顔を合わさず、いつもの朝で、特に変わりなく主婦業に専念していました。午後から出かけていたのですが、その間に娘と夫が相談して、夕食準備をしてくれました。夫はお肉を、娘はケーキを買いに行ってくれたそうです。わたしが帰宅すると、お母さんはそこに座っとき、と言ってくれて、二人で夕食の準備をしてくれました。何がよかったって、二人がああでもない、こうでもないと家族らしく振舞えていたことにうれしくなりました。夫は「わしがこうする」と言えばお前らはそれに従え的な人でしたので、お互いがやり取りするなんて難しい人ですので、娘とのやりとりがあまりに自然でこんな家庭にしたかったなあと思ったこと、それが目の前で見られたことがうれしかったです。いい誕生日になりました。

この3月で結婚して30年になります。10年ほど舅姑と一緒でした。正直苦痛でしたね。夫は10時ごろしか帰ってこないし。10年目に舅がなくなり、その時に4か月の3人目がいて、親戚が多かったものですから葬式から始まり何かと大変でした。その子が11か月で姑が脳梗塞で倒れ、急きょ保育園を探して入れて仕事に復帰。仕事もあり、1歳児もいて、脳梗塞の姑もいて・・・。家はてんてこ舞いでした。ゴミ出しや洗濯物入れなど、娘と長男に使命のように頼んで、舅は造園業をしていたので何かとその後始末も大変で、夫はいらいらして怒鳴り散らすわで、今仕事を続けられるのは娘と長男がいなければやっていけなかったと思います。そんな状態でしたが、年寄りとの関係が逆転して自分の思ったことができるようになり、まず1番にしたかったことが職種の違うしごとにつきたかったのです。同じ系列ですが、仕事内容は違います。ほんとはその仕事がしたかったのにちがう部署に回されたので、ずっとその仕事には憧れていました。ただ、その仕事は大変で早く帰れないこともありました。ただでさえ大変な状況の中、舅が亡くなってから4年ほどしてから思い切ってそっちの道に希望をだし移動しました。楽しかったです。今でも、その4年間はわたしの宝です。でも、平日は12時間働いていました。土日も仕事してることが多く、子どものことはほったらかしだったかもしれません。夫が夕食を担当し、わたしは毎日8時の帰宅でした。3人目を寝させて仕事して・・・。舅が亡くなって10年は娘と長男とどんな会話をしていたのか思い出せないくらいです。でも、二人とも弟をかわいがってくれて、家の仕事も文句も言わずにしてくれて・・・。子どもに甘えていたのでしょうね。不服ながらもやってくれた子どもたちでした。今は、ごめんなさいと娘と長男にいいたいです。

わたしが、あれやりたいこれやりたいと好き勝手なことしてばかりで・・・。

30年たって少なからず反省している次第です。ごめん・・・。