時代パート2

先日力尽きて途中になってしまった「時代」。大学の卒業式や成人式に親がついていく。昔はなかったことだけど “これも時代やね” 。若い男性社員が「今日はご苦労様」と労をねぎらってポッキーを渡している。 “これも時代やね” 。高校生が毎日のように親に送ってもらっている。 “これも時代やね” 。昔やったら「何考えてるん!」と言われそうなことが、「時代」が変わり市民権を得ている。50過ぎのおばさんには生きずらい世間である。いや、実はその時代の波におばさんものっかてるところはある。

中島みゆき「時代」をアルバムで聞いた。そんな好きな歌ではないが、その歌に励ましてもらったこともある。そのアルバムの歌が、一部若い時の声も入っていて今の声も入っているという編曲で、なんと今の声の艶っぽいこと。年齢を重ねることの素晴らしさを実感した曲でした。そして、今日の朝日新聞中島みゆきが出ているではありませんか。

『時の流れがね、落っことしていったものを一番後ろから拾いながらトボトボと行くっていうのが、私にはあってるかなって思うんです  中島みゆき

わかるようなわからないような、私自身にぴたっとはこないんですが、これはNHKのSONGSでの発言らしい。実はそれ録画していて見たんです。そして、感動して録画を消せずに置いておくんです。なんという偶然!!SONGSに感動したのはこの言葉ではなくて、今中島みゆきが夜会(だったかな)で、あるテーマを力強く訴えていることに感動したのです。なにか・・・。それは「平和」でした。

「平和」っていう言葉はすぐにイデオロギーが(これも時代で死語になりつつあるのか)対立してなかなか素直に受け入れられない現実があると思うのですが、中島みゆきさんが平和をテーマに語っているのはすごいと思いました。以前に、桑田佳祐が平和をテーマにした曲を歌ったけど、なんか評判が分かれた感じがします。「平和」ってホントに難しい。でも、中島みゆきさんも、桑田佳祐さんもよいお年になって、何を望むかと言えば「このまま平和な世の中であってほしい」ということじゃないないでしょうか。これは誰だってそう思いますよね。でも、言葉にすると、平和って非国民のように受け取られる側面があります。何故なんでしょう。

絵本作家から歌手から僧侶から著名な作家から、平和を望む声が大きくなるのは本当にありがたいことです。私ごときが「とにかく平和であってほしい、戦争しないでほしい」なんて思っても何の足しにもなりません。

今、世界は緊張状態で、なんかいつ戦争が起きてもおかしくないような雰囲気です。自民党が躍起に憲法を変えて戦力を持とうとするのは、裏に北朝鮮かどこかは知りませんが、危機的なことが何か裏で動いているのではないかと思います。それでも、日本の平和憲法は維持してほしいと願わざるを得ません。

「これだけ経済も行きづまり、テロのしたい放題で、平和的解決なんて言ってる時代じゃないよ」そんな声が聞こえてきそうです。でも、戦争はだめです。時代の勢いで「人を大事にする」「人を思いやる」ことをないがしろにしては人が人でなくなります。

今は、情動よりも成果のほうが重んじられる。「疲れた」ということさえ許されなくなっている。今のブラックな社会を、まず、「ブラック」として認識しませんか。疲れて休めないなんておかしい。子どもが病気なのに、病気を見て預かってくれるところに預けて仕事に行くなんておかしい。

時代に流されないようにとにかくブログで抵抗しています。誰もアカウントしれくれませんが・・・・。