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京都・宇治

弟を下宿まで送りに京都まで車で行きました。姉ちゃん、わたし、弟の3人で。姉ちゃんに運転してもらいました。行の車の中では長男の話を少し・・・。姉ちゃんの平和協定を結びたいけどとっかかりが見つけられないこととか、長男が見えない(!)こととか、弟は「なんで自分の時間を他人の心配にあてなあかんの」と極めてドライなこととか、いろいろ話ができました。ほんとに長男が親を「殴りたい」とぴりぴりしていることは心痛いです。ただ、怒りの対象は親なので、加害者が被害者に「まあまあ、そんなに怒らんと」とは言えないし、ただただ、謝るしかありません。いつかは、わかるときがくる、というと、弟からは、「その発言は上から目線や」と突っ込まれ、親子の関係ってほんとに難しい。「親」と「子」の関係は一生変わらない、でも、「子」はいつまでも「子」のままではない。でも、「親」は「親」であり続けるわけでそこらへんが意識がかみ合わないのかもしれない。いつかはわかる、というのは、親をこえるときではないでしょうか。超えるというのは、親もたかだか他人の一人やと思えること(?)。お前のせいで苦労したけどお前なんかに指図されへん・・・と切り捨てられること(??)。親はそれでいいと覚悟はしている。だって、自分がそうだったから。こんなこと言ったらまた、「上から目線」と言われそう。姉ちゃんには「子どもを尊重して」と言われて・・・。子離れができないわたしの問題もありそうです。

まあ、そんなこんなで、弟の下宿につき、荷物を下ろしたら予定通り「宇治平等院」を参拝に行ってきました。きれいに朱塗りの改修をされた平等院はあんまり趣には欠けましたが、展示物はなかなかの歴史を感じるものでした。また、全体の植木などすごくきれいに手入れされていて心洗われる景観でした。

宇治上神社にも行きました。世界遺産で警備員が数人見張りをされていました。落ち着いた神社でした。姉ちゃんはおみくじを引いて「中吉」だったので喜んでいました。

歩き疲れて奥にあった福寿園でお茶にしました。人も少なく落ち着いて一服できました。抹茶を飲んで、それからおそばを頼んで・・・。順序は逆になりましたが、どちらも満足でした。そばもお正月らしくうれしくなりました。抹茶のきめ細かな泡立ちも参考になりました。昨年末から抹茶にはまっていて、「宇治」に来たのもラッキーチョイス。抹茶をお土産に買って帰りました。

帰宅して、抹茶のお茶碗をネットで購入。あれやあれやと事態は展開し、すごく充実した一日となりました。夜には、姉ちゃんと今日のことをしゃべって、写真を撮るのを頼まれたことについて、姉ちゃんの思いを聞きました。頼まれたことはうれしいけど実はこう思う・・・という話。ほんと、気持ちっていうのは理解とは別に生まれてくるもので、頭でコントロールできひんよね。いろいろな感情、それぞれを大事にしたいなって思う。悪い風に(?)思う感情も大事なんとちがうかなあ。いいことばかり考えること強要されたら人間やめなあかん。わたしなんか特にそうだ。

もう一つ、仏さんの話。雲に乗った仏さん(?)がいっぱい浮いてる部屋があった。幻想的だった。わたしは、なんでみんなが雅楽の楽器を持っているのかがちょっと知りたいって思ったけど、姉ちゃんはそれに元気をもらったらしい。人が何に感動し心動かされるかは人それぞれ。でも、そういうことがあったというのは、今日一日の大きな収穫。よかったね、姉ちゃん。

わたしも、この一日は、「楽しかった」とこころがほっこりする一日となりました。よかったです。