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長男

家の長男がしょうことなしに帰ってきました。夜遅く、家の迎えも拒否して、そして金髪になって・・・。

連絡しても返答なし、あったと思ったら「うっさいボケ」・・。心配しました。仕事で何かうまくいかず、または人間関係でストレス溜めてうつ状態ではないかと・・・。

金髪を見たときはほっとしました。あっ、気持ちを表現しているな、と。自暴自棄になりたいときはいくらでもあります。わたしは女性というのもあってか買い物するとストレス発散になります。気に入った服を買って(着るところもないのに)、この服を持ってることが癒しにつながるのです。なんらかでストレス発散しないとこの世の中やってけません。気持ちを表現することはいかなる手段であれ貴重なことだと思っています。

晩御飯のあと、長男に何が不満なのか尋ねてみました。いろいろ言ってくれました。だれかを傷つけたい、いつもそう思っている。しょうもないこと言う人間がいると殴りたくなる。特に上司。上司が親と重なるのでしょう。親に抑圧されていた感情が上司に乗り移るのかもっしれません。自分に都合のいいことばかりいうな、なんでお前らに自分のしたいこと指図されなあかんねん。幼少の記憶がダブるのでしょうね。

反抗したい。親に迷惑かけたい。金髪もそれが動機だそうです。わたしは、似合ってる、かっこいいというと、「むかつく」と言われました。確かに、親を「何でそんなことしたんや」と動揺させたいのに「似合ってる」なんていう返しは「ぼけてんのか!」と言いたいですよね。でも、その反抗心がうれしかった。

確かに子供の育て方はストイックでした。家の問題をまだ幼い子供に正直に話して「お母さんはこう思う」と説教たれたり、三世代同居でなじめないストレスを子どもにぶつけてしまったり、父親が団体役員をしていたので、偉そうに言ってはるけどあそこの子どもこうやで、と言われないよう本人の気持ちを無視して正論を押し付けていたり・・。舅小姑のストレス、いっぱいありました。我慢して我慢して、それでも我慢できずに大声でわめき散らして茶わん投げつけて・・・。そんな母親に子どもは恐ろしさを植えつけられてしまいました。

ごめんなさい。でも、おかんも必死に生きてきたんです。ほっといてほしいのにかまわれてかまわれて・・・。

今思えば尋常ではありませんでした。子どものいないところで表現するべきでした。未熟でした。

生きることにすごくストレスを感じているのはほんとに親として心配です。テレビのセリフで、親孝行は元気で笑ってくれればそれでいい、というのがありました。ほんとにそうです。仕事があろうがなかろうが、放浪してようが、元気でわらってああでもないこうでもないとしゃべってくれたらそれだけでいい。泣いたり悲しんだり苦しむ姿はみるのがつらいです。その原因が親なら、笑顔がもどるまで何とかしたいと思わざるを得ません。

子どもを一人の人間として尊重する、これがいがいとむずかしいことだと気づきました。すごく子どものこと好きなのに建前でしか行動できなかった母親に諸悪の原因があるように思います。

子どもたちはすごく繊細です。他人のことも思いやり、私利私欲に惑わされず名誉欲もなく、人間的にはすごくピュアな子だと思っています。

親の支配が自分で歩くことを阻んでしまった・・・。

でも、今の現実はわたしをも人間として考えさせられる貴重な時間だと思っています。

苦しい、この苦しみは無駄ではない。