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能登・・・

幼馴染と能登へ行ってきました。和倉温泉です。4,5年前から年に1回行くようになりました。一人、社交的な友達がいて何かといろんな話題を振りまいてくれて楽しく過ごしています。その子が湯快リゾートに詳しくそれで宿をとってくれます。カラオケは無料だし、8,000円ほどで一泊できるのでだべリングが目的の旅行には十分です。無事帰ってきましたが、そんな楽しみの後には何かと禍(?)が待っているもので、姉ちゃんの調子が悪いのです。姉ちゃんの作品を買ってくれた人からなぜかこのタイミングで修理の連絡があり、姉ちゃんはその対応で疲れはりました。すごくいい商品で気に入ってるけど傷がいって・・・みたいな連絡で、そんな悪い内容ではなかったのですが。みなさん、作品自体はすごく評判がよくほめてくださるのですがなかなか本人のやる気には結びつかないようです。そして、一泊留守にするし、お小遣いを渡しておこうと思い置いておいたら、ゲームを楽しむのに投入したという話。思わず、自分で稼いでいるお金やったらいいけど、なんでゲームに1万円も使ったんや、と自分なりにおさえて押さえて伝えました。ほんとに仕事辞めたいんです。わたしだってもういやです。夫が何とか協力してくれて何とかやってますけど、投げ出したいです。そんな思いでやってる仕事で得たお金。いつも大事に使ってくれているので、よほどのことがあったのだろうと思いつつも、「ゲームに1万円使った」という字づら、納得いきませんでした。

それは、今のわたしに必要なお金なんや、と本人が言う限り信じるしかありません。今、一生懸命な心のリハビリに一見無駄に思えることももちろん必要でしょう。わたしの修業が足りないのか、やっぱり、ゲームのシステムに1万円は「そうか、それでゲーム楽しくなったか」とは言えませんでした。

姉ちゃんは、わたしのこと信じてないでや、と言います。うまく言えないけど、信じてる信じてないとは違うような気がするんです。たとえが思いつかないですが、例えば式の途中にトイレに行きたいという、終わるまでがまんし、と言う。僕のこと信じてないのか、と言われると、本人への信頼とは別に、その行為そのものに意見を言っているだけで、決して信頼してないんじゃないと思う、それでももらしそう、という相手の状況がしっかりつかめたら、もちろんそっとトイレに連れて行きます。

たとえがまずかったかもしれませんが、姉ちゃんと話しのかみ合わないことはよくあります。今日のカウンセリングもいかないと言いました。「いけない、無理」という本人。カウンセリングは何とか行ってほしいと思うわたし。「無理という気持ちを受け入れてくれないのか」という本人。

何か、娘との関わりがしんどいのではなくて、どこまで自分が相手を受け止められるか、すべてを受け止めることが相手の信頼になるのか、無責任ではないのか、他の人に向かい条件を付することなく「それでいい」と言えるのか、言っていいのか・・・。常に自分との闘いです。人が人をどうこうしようなんて土台無理なことなんだけど、なかなか煩悩はぬぐえません。