書いてもいいかな

昨夜家族会議をしました。テーマは娘の将来について(?)。娘は二十歳の時に大学に行けなくなって、卒業したものの他人とうまくコミュニケーションが取れずずっと家にいます。親がちゃんと子どもの気持ちを汲んであげられなかった事が大きな要因です。人一倍繊細な心の持ち主でした。小さいころはよく家族の絵をかいて「ありがとう」と言葉を添えてプレゼントしてくれていました。そんな繊細な子を、しっかりした大人になってほしいと厳しく言いつけていたことが彼女の心をズタズタにしていったのでしょう。そんな現実をつきつけられ、わたしもいっぱい泣きました。でも、わたしは、そんな娘を心配しながらも日々仕事に行き、職場の方としゃべり、自分のやりたいことして・・・とそれなりに過ごしています。一番つらいには当の本人です。いわれのない大きな不安を抱えているだろうと思います。それに押しつぶされないで、一生懸命生きています。親にも優しくしてくれます。今でも、いろいろ我慢しています。なかなか本心をぶつけることはないように思います。たった一度の人生、ある意味開き直ってこれをやりたい、と好きなことを見つけ、それができるから楽しいといえる生活を送ってほしいと切に思っています。世間には、自立のためのプログラムがあったり、社会参加を目指すための支援があります。そいういう専門機関を利用しながら社会と接点を持って今の精神的不安を解消できるよう一歩踏み出すことが大切なのではないかと、昨日話をしてみました。今の彼女には、ネットや書き込みが世間との接点になっています。それを否定するつもりはありませんが、文字ではなくて、生きた目や生きた声、表情を人と交換することに触れてほしい。しかし、それはまだ大きな壁のようです。普段しゃべっていると機転も聞くし面白いこと言うし、冗談の質も(?)高いです。接することで怖くなくなるということもあるのではないかと思うのですが・・・。娘は、「今の自分のままでそっとしてほしい」といいました。自分なりに考えて自分なりに一生懸命生きている、生きるために腕を切るんや・・・とも。しっかり受け止めて、受け止めて受け止めて・・・。それしかできないわたしです。ただ、娘は親に自分の意見をしっかり伝えてくれました。今までになかったことです。それだけでも、天に感謝したいと思いました。