地蔵盆

地蔵盆の時期です。ここ数年、時代の波で土日に済まされることが多く、今年は、19日・20日でした。平日に仕事が休みにくくなってせちがらい世の中です。20年前は、祭りなど地域の行事で休むことも感覚として許されてました。逆に、仕事休まんならんほど地域の縛りが強いのだなあと気の毒に思ったほどです。今は、仕事至上主義。仕事は休めないものになってきました。そして、ブラックと言われる、人を人とも思わない働きを要求され、働いて収入を得て自分の生活を豊かにするはずが、働いてボロボロになりましてや死んでしまうなんて・・・。世の中間違っています。「ああ、仕事終わった。あそこで服見て帰ろうか。」とか、「さあ、仕事終わった。家に帰って一杯飲んであのDVD見ようか。」とか思えない人は異常ですよ。それに気づいてください。私は30年働いていますが、今の働き方はおかしい。特に、中堅のバリバリ会社を支えている人が無理することはずっとありますが、入りたての若者が過酷な労働強いられるのは、人間性のかけらもないじゃないですか。どうしてこんな風潮になったのでしょう。私は時の政治が悪く思えて仕方ない。じわりじわりと法律を変えながら、自由度を増しつつ勝手にできるように仕組んでいるのではないかと・・。だって、いろんな現実が明らかになっても本人が提訴でもしない限り改善されて行かないじゃないですか。法律は働く人を守ってくれていない。そして、働く人はあまりに法律を知らなさすぎる。「おかしい」と思う感覚を育ててもらっていない。学ぶ機会がないのです。学校で、しっかり教えてほしい。面接で住所聞かれても答える必要なないなど、就職差別に対しては聞いたことがありますが、働く人の権利は聞いたことがない。ストライキって何のことか社会に出るまで知らなかったですから。ただ、教科書を流すための指導ではなくて、これから社会の一員として生きるために「働いたら、こういうことが起こるんだよ・・。」「上司にこういうことを言われたら、どうしたらいい?」とか体験的な学習をしてほしいですね。これも、学校の大きな役割ですよ。もう一つ思うのは、被爆国日本、として戦争の歴史を学ぶこと。先日テレビで、終戦記念日を知らないパーセントが増えている、と伝えてました。実は私も学生の間は習ったけど試験用としてだけで、特にそこらへんはテストにも出ないので知りませんでした。それが、社会人になって平和な世の中であってほしいなあと願い、8月の終戦の番組に触れることで、ようやく、戦争が現実のものとしてとらえられ「終戦記念日」の重みを感じてきた。今になって、戦争をした日本をしっかり学校で教えるべきという気持ちになっています。広島への修学旅行もひと昔は偏向教育のように言われたけれど、被爆地を訪問できるなんて日本にしかできないこと。そして、家庭ではよほど意識が高くないと訪問できないという現実もあり、被爆の現実を知ることは日本の生徒は必須科目にしてほしいですね。

しまった・・。地蔵盆の思い出を語ろうと思ってたのに、学校教育への要望?になってしまった。時間切れ(+o+)。

ざわざわしてる・・。

何か身辺が危うい。このネット社会、どんな情報がどこで漏れるのか、個人情報があってないようなものだ。私はいまだになぜ画面をさっとなぜるだけで情報が出てくるのかちんぷんかんぷん。ラジオが聞けるとかTVが見られるとかはまだ納得できるけれど、「〇〇どこですか~」なんてしゃべるだけでちゃんと目的のものを出してくるなんて一体どうなってるんだか。でも、前に株で一桁入力し間違えたとかありましたが、ちょっとしたミスが大ごとになりかねないですよね。職場もパソコンが貸与されたとこの前言いましたが、ずっと蓄積されたデータが何かのトラブルで突然消えたらどうするのでしょう。何かとっても足元の危ない世の中になってきました。芸能ニュースでも写真がSNSから簡単に紹介されたりします。二人でいちゃついているところを何気に撮ったら全国に知れ渡る状態になってしまう・・・。怖~い。そんな恐怖で、ログインを求められるとすべてキャンセルしてしまうので、パソコンの扱いは一向に進みません。アマゾンで物も買えないし、番組にメール送りたいけどそれも出来ないというネット難民です。機能を知っている人は安全のことも知っているのでしょうけど、これから先、ネットができない、では済まされなくなるだろうし、何とかもう少しSNSやネットに慣れていきたいものですけど・・・。でも、いつ、どこで情報が洩れるかは覚悟してアンテナピッと張ってなければいけませんね。こわいよ~~~~~。

ああ、夏休み!!

blogが3日間続いています。何しろ夏休みですから・・・。これが、日常だとなかなか時間が作れなくてこんなにゆっくり書いている暇はないでしょう。休みっていいなあ。そして、今日は地域の夏祭り。私はある役になってまして準備に行かなくてはなりません。朝の8時から夜のたぶん10時まで・・。長~い1日の始まりです。中抜けはできますのでみっちりというわけではありませんが、1日拘束されます。櫓組んで舞台を作り、椅子やテーブルを並べ、模擬店の材料を準備し下ごしらえし・・・と、まあ、ほんとに役員さんはご苦労さんです。こんな地域の祭り・・・どう考えたらいいんでしょうね。出てくる人は顔が決まってきて、もう、村民みんなが集うっていう感じでもなくなってきていますが、これを楽しみにしている人もいて、外に出た方が子ども連れて帰ってきて参加する姿も見られ、まあ、貴重な村の無形文化財なのでしょうか。私は他人とわいわいすることが苦手なので、役でもなかったら家でゆっくり過ごすタイプです。実家の夏祭りにも大昔行ったことがありますが、「〇〇ちゃんか」と見たことあるおばさんから声かけられ「はあ」と会釈してただけで、楽しかったなあという思いではないですね。里帰りして来てくださる方、楽しかったって思ってるんでしょうかね。小さい子どものための儀式みたいなものですかね。子どもってのは、祭りの魅力は感じているでしょう。私も、子どものころに祭りで神社行くことや地蔵盆で村を歩くことはわくわくしたことを覚えています。りんごあめやわたあめが楽しみだったなあ。大人から言わすとぼったくりのたまものですが、子どもにはすごい魅力なんですねえ。大人が子どものそんな期待をわかってあげて買ってあげるか、「高いからだめ」なんて素通りするか、子どもの心の成長に大きく影響する気がします。ちなみに私は(特に夫は)「そんなん無駄や」とあまり買わなかったと思います。すごく反省します。子どもって夢を持って生きてるんですね。ありえないことを期待したり自分を別の世界に置いてみたり。こんな小さな村の夏祭りも、来てくれた子どもに、「ゆかた着せてもらって、おいしいもの食べたなあ」なんてあったかくなる思いで作りの一役を担えればいいのかなあ。ささやかな夏祭りですが、続けていくべきなのでしょうか・・・。

恒例の抽選会がありまして、今年の景品は、1等、1万円程度の椅子にのせて使うマッサージ器です。例年5千円程度ですが、今年は奮発です。景品はその年の役員さんの采配で決まります。いつぞや私は一輪車を当てたことがあります。今年は1等、誰が持って帰るのでしょうか。私は2番の扇風機がほしいですが・・・。お楽しみに。

大惨敗・・・(≧▽≦)

フルート発表会、ボロボロでした。緊張したかって言われると、別にドキドキもしてなかったしすごく落ち着いてはいたと思います。とにかく低音が全く出ずにそれを修正するにもできなくてそのまま突っ走って終わってしまいました。一曲目が終わってたらーっと冷や汗が出ましたが、2曲目も何となくボロボロのまま済んでしまいました。まあ、フィギアスケートでいったら、全部のジャンプを失敗してしりもちつきました・・・っという感じ。何もいいところがない(;´Д`)。でも、終わった後はそんなに落ち込まずに済みました。仕方ない、という気持ちが強かったです。なぜかを私なりに分析しますと、この4日間、2曲を各5回ずつ通しで練習する、指を酷使しないため草むしりはしない、ということで頑張りました。その練習の中で1曲はノーミスで吹けることもあり自分なりには完成度が高まったという納得が得られていたからかなあと思います。今自分の心と会話するなら、「がんばったよ・・・(^.^)。失敗は仕方ない。ただ、教えていただいた先生には申し訳ないなあ・・。まっ、いいか。」という感じでしょうか。そして、なぜうまく吹けなかったのかという要因は、場の変化、でしょう。午前中と午後でも何となく音のなり方は違ってくるし、いつも一人で練習しているのと、伴奏が近くで鳴っていて自分の音が聞き取りにくいのとでは、なぜか全然違うのですね。自分の音に集中できないと修正法がわからなくなってしまうという点です。でも、オーケストラなんかは音がバンバンなっている中で吹かなくてはならないので、そこらへんの課題については先生にも聞いてみたいと思います。先生がとても温厚な先生なので助かってます。とりあえず、この夏の大きなイベントがひとつ終わりました。

ぼちぼち 書こか・・・・・

職場に一人ずつパソコンが貸与され、やっと自分のパソコンでblogが再開できるようになりました。今まで個人のパソコンで業務してたのです。恐ろし~。公務員ですが国の対策の遅さにはまいります。さて、これからどんなブログを書こうかなあ、と考えていますが、何しろそんな文才があるわけでなく愚痴の掃き出し(?)になりそう。でも、そろそろ現役を離れて隠居の世代になり何かと大変だったことも懐かしく感じ、そんなゆるりと生きてることを楽しく残せればいいなあと思います。

今日は、フルートの発表会。いつも先生の自宅でされていたのですが、今回はあるホールを借りての発表会となりドキドキです。春からずっと練習してきましたが、7,80点まではいくもののなかなかノーミスの100点とはいきません。完成させるって難しいですね。今世界陸上もやっていますが、発表の舞台で100パーセント出そうと思ったら血のにじむ努力をされてるんだろうなあとほんと思います。素人のフルートですが、いいところまで行くと今まで間違ったことのないところを間違えるようになったり、自然に動いていた指が急に動かなくなったりいろんな??が出てきます。ちょっと息継ぎしっかりしようと気持ちが動くともう指が混乱します。息継ぎの位置を変えるだけで何を吹いているのかわからなくなったり・・。気持ちの動きと脳みそが密につながっていることを実感します。そしてそのつながりはとても繊細です。私たちの日々の心の動きは脳みそはしっかり感知しているのだなあと思います。そう、頑張りすぎたらだめ。脳みそは静かに静かにストレス貯めますよ~。とにかく、ミスが少しでも少なくなるよう集中して吹きたいと思います。梅沢冨美男が「自分以上のものを出そうとするから失敗するんだよ」と前のブログで書いていましたが、それも自分に言い聞かせてリラックスしてできればいいなあと思います。

クリスマスリース

うちのような田舎の玄関にもクリスマスリースを飾っています。最初はお花屋さんで買った結構高くついた赤いリース。リース自体はすごく落ち着いた色で高級感もあっていいのですが、うちの田舎の家は茶系統なのでいまいち目立たないなあと思っていました。それが、3,4年でぽろぽろ松ぼっくりが落ちてくるという結果になり、買い替えようか・・・・・と思案中の今年のクリスマスでした。とりあえず、それを飾ってはいたのですが、昨日ニトリに出かけたところ、姉ちゃんが安いリースの飾りつけ備品のセットを見つけました。木の実の殻と松ぼっくりがたくさん入っていて、あとちらちらと葉っぱや何やらが入っている品物。「お母さん、リース作ったげよ」というのです。作品つくりは趣味を超えて営業になりそうな腕の持ち主ですので期待はしていましたが、なんと、一晩で素敵なリースを作ってくれました。さすが姉ちゃん!!!!!。いい、クリスマスが来ますように・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりです。

パソコンを仕事に使うようになってご無沙汰していたブログ。お久しぶりです。この間、スマホがアイフォンに変わり、そっちの操作に没頭?していて、ツイッターでつぶやき、ティーバーでドラマ見たり楽しんでいまして・・・・。でも、やっぱりブログはブログの良さがあります。ほとんど愚痴書きだけどね・・・。

職場も担当が3人いますが、人間関係って難しいね。いい人ばかりなので大枠仲良くやっていますが、ここっというときにお互いのプライドのぶつかり合いを感じます。「人間関係ってプライドのぶつかり合い」 そんな悟りを新たに発見しました。誰だってプライドあるからぶつかって当然。それを隠しながら大人の対応していくことが求められるけど、私は半世紀も生きてきたので“ワオ!ぶつかってる!!”という雰囲気を感じて楽しんでいます。でも、あんまり心地いいものではありません。そんな時は『♪友だちになるために人は出会うんだよ』と心の中で唱えます。

最近サワコの朝をティーバーで見ています。先週の梅沢富雄さん、舞台でもテレビでもあがったりしないとのこと。梅沢さん曰く、「自分以上のものを見せようとするからあがるんだ、緊張するんだ。おれは(うる覚えですが)これだけしかできないと思ってやるから緊張しない。」まあ、そんな開き直りはなかなかできませんが、ちょっと心に留めておくと楽かなあと感じました。まだ、外は真っ暗。もうすぐ冬至。私のありのままって何だろう。お世話好きなとこ?毒舌はくとこ?口先人間なとこ?やさしいの?ひねくれてるの?んんんん・・・・・・。ちょっと考え込んでしまいます。どれもこれも自分の一部として変わらないし変われない。やりたいこととできることを一つずつ見つけて死ぬまで生きるだけ。

今やっと、お墓参りで親に手を合わせ「ありがとう」と思えるようになりました。罵詈雑言親には言ってきたけど、ほんとにありがとうって・・・。その時の心の穏やかさは、何とも言えません。

自分をしばらない

自分をしばらないって、どういうこと?

その言葉聞いた時、その通り、って思ったけど、それ難しいよなあって思った。何に縛られてるのか、何故縛られてるのか……。その縛りを無くすことは本当に可能なのか?もし、各々の縛りが無くなったらどうなるのか?

でも、世の中問題なく生きるために縛りは必要だと、うさんくさい言い方はしたくない。自分の縛りをなくしてから、それから世の中のこと考えればいい。

何のために生きるのか、青空に問うてみた……なんてコメント聞いたことありますが、そこを自分で確信持たなきゃ、縛りはマイナスでしかないと思う。

自分が自分のために生きる決意をするからこそーそれは、えらいことしたいとかじゃなく、生きることに真摯になることだと思う。ー縛られることを受け入れられるのかなと思う。

そのために縛らない。思ったこと、やって見る中で、何かに神様が微笑んでくれるかな💕

久しぶりです

パソコンが、職場で必要になって、家で使えなくて更新できませんでした。色々とありましたが、今ブームはのど自慢です。土曜日に予選があります。ボランティアのメンバーで出る予定です。練習に集まっても半分はおしゃべり。好きなこと言ってますが思いやりの心がいっぱいあるダベリングです。こんな機会を得られたこと、感謝します٩(^‿^)۶。

息子が突然帰ってきました。親に殺意を抱いて………………………。 地域の行事があったせいでほとんどしゃべりませんでしたが、殺したいと思われてると知って、何をかいわんや…です。

つらい休みでした。

でも姉ちゃんがしゃべってくれました。

さすが、兄妹ですね。

 

本当の問題

昨日、ちょっとした家族会議をしました。私が、なぜかしら思っていることを言いたくなって姉ちゃんにぶつけたことから、父親にも加わってもらって話をしました。何を言ったかというと、単刀直入に言うと「何か働いたらどうや・・・」ということです。きっかけは、夜中のツウィートを見て過度に悲観的に受け止め、自分なんかいなければいいと布団にこもっている姿を見たこと、ここ数か月、夜中の3時4時の寝て昼まで寝ている生活が続いていること、本人が「朝起きてもすることないし」と言ったこと、等々。姉ちゃんは、ほんとに力持っています。絵の才能はしかりですが、とにかく何事にも熱心に取り組みきめ細かな作業ぶりを発揮します。最近は0点か100点かでなく、70点や80点、もしくは20点でも、これはこれでいいんや、と納得できるゆとりも見られてきました。すごい成長です。でも、なかなか自己否定的な感情は払しょくされません。いくら親がほめたたえようが、本人の実感がない限りはお題目にすぎません。「本人の実感」「まんざらでもない自分を実感する」のは、家庭の中だけでは限界がありやはり社会の中でその才能を認められることが近道ではないかと考えたわけです。センターから頼まれたイラストの仕事、ほんとに熱心に取り組んでました。別に絵でなくても、なんかのモニターや今はネットの中でいろいろ単発の仕事もあるらしいのので、何かすることがあるほうが本人の気持ちを安定させるのではないかとずっと思っていてそれをとりあえず話してみました。しかしながら本人は「今頑張っているからほっておいて」「今は休養している時間」と話しました。きちんと説明してくれました。それが本人の選んだものでした。周囲の思惑でやらせても本人のためには何もならないので、自分自身が望むことを見つけてもらうしかないと改めて感じました。姉ちゃんなりに新しい目標や楽しみを見つけ、まんざらでもない自分を心から慕えるようになってほしいと思っています。ほんとに私はすごく魅力的な人間だと思っています。姉ちゃんの冗談はぴか一です。姉ちゃんはこういう話になると「こんな子ども迷惑やろ」とよく言いますが、親にとって、迷惑とか迷惑でないとかそんなレベルではないんですね。迷惑であろうがなかろうが唯一無二の存在なんです。どこまでも見守り続けます。

昨日の話で追い詰めたところもあるかもしれませんが、姉ちゃんは頑張って生きててくれます。親としてはそれだけでも感謝したいと思います。

 

新しいiphon

ふるーいスマートフォンから新しいiphonに変えました。とっても使いやすいです。タッチ感もやわらか、早い、使い方軽い・・・。色々進化しているのですね。「携帯」という世界から格が上がった感じがします。使い方はうちのIT担当の姉ちゃんにいろいろ設定してもらいました。寝る前にラジオが聞けたり、ブログが書けたり便利そのもの。でも、機種が変わるとちょっとしたことがわからなくて困ります。先日講習を受けたのですが、マナーモードの仕方がわからなかったりとか、ライン中心なのでメール返信の方法がわからなかったりとか、「えっ・・」とあたふたすることがまだあります。まあ、徐々に慣れていこうと思います。姉ちゃんはこれを使ってポケモンゲットで楽しんでいます。なんと、ここらあたりはとっても田舎なのでポケモンがほとんどいないとか・・・。人込みは歩いてではちょっと遠いので、ゲットするのにいろいろ苦労があるようです。よく、そんなゲームが作れるなあと感心します。

今日からお盆の休みです。ゴジラの映画が面白いらしいけど混むだろうなあ。そんな1日目から姉ちゃんは落ち込みモード。何か昨晩ちょっとハイだなあと感じていて、今晩もしかして・・・と思っていたのが当たりました。「元気そうやな」と思った時が危ないと何かわかってきた感じです。いや、たまたまかもしれませんが。不思議なもんですね。人間って、落ち着かないときに明るくふるまったりするって。本心は本人に聞かないとわからないことで想像で話すのはやめたほうがいいと思いますが、気持ちのコントロールってむつかしい。混みあがる怒りや悲しみや苦しみややるせなさや口惜しさや・・・、毎日いろんな人と出会いいろんな感情を交差させ、でも、表情は特に変わりなく過ごす。もし、人間にコントロールっていう概念がなかったらどうなるのだろう。自分の感情がそのままでたら・・・。いやな人と会った時ににっこり「おはようございます」っていってるのが、いやだなあという感情がそのまま顔に出て口からは「朝からあんたの顔見たことなかった」って言葉が出たら・・・。相手は普通の顔で「〇〇さんか、今日の服ダサいなあ」と言ったら・・・。そして相手は私の嫌な顔に「〇〇さん、私のこと嫌ってたんや」とわかる・・・。怖い世界です。でも、感情ってそれなりに醸し出されるものなので、そんな「かもし」で相手の思いを組みとり人間関係うまく操業しているのかもしれませんね。私も、こみ上げる感情をどうしようもなく荒い行動に出たことは何回もあります。我慢できないですよね。「やめとけ」と怒鳴られてもやめられないからそうなるんです。それほどの気持ちなんだと相手にわかってほしい。ほんとにそうです。私にはわかるしかない。そんなにつらかったんだと。私の怒りはほとんど〇美さんの介入でしたが、おさまらない怒りのレベルも人それぞれ。今は私もお婆になって〇美さんにも、「まあ、お好きなように」という気持ちになっています。年齢、時間、相手への理解、お互いさま・・・等々でつきあがる感情自体が弱まってくるなあとは思います。自分との戦い・・・それ自身がとってもいい生き方だと思って、戦っているみんなを応援しなくちゃと思います。〇志もそうかな・・・。戦ってるか、応援しとくか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

文学っておもしろい・・・けど

ある講習で文学作品の読み取りの講義を受けました。「あまのはらふりさけみればかすがなる みかさのやまにいでしつきかも」阿倍仲麻呂の句です。なんとこれは、中国に渡った時に詠んだ句らしいのです。年代などいろいろな資料を当てはめてわかってきたらしいのですが、そこに作者の状況や心情が込められていて「なるほどなあ」と目から鱗・・・状況になりました。言葉一つ一つに作者の気持ちが見え隠れして、粋を感じます。三笠の山から月が出ることはないらしいのですが、立ち位置によってそう見えることがあるらしい。たぶんここから見たのだろう・・とそういうことまでわかるそうです。奥深いことです。でも、それがどうしたん???と言われればそれまで。そのあと伊勢物語の解釈も講義を聞きましたが、そんな大昔の人がどんな気持ちだったのか、なぜ、「船こぞりてなきにけり」なのか、ある意味どうでもいいことをほんとに真剣に考察して研究されているのですね。話を聞くと「そうなんだ」とその奥深さに感動します。私はどちらかといえば理系で白黒はっきりしているほうが好きですが、文学は「わからない」ことだらけで、それでいいんだとおっしゃって素直にうけいれられるのは、先生のお人柄のような気もしました。数学も、円周率を何桁も計算したりだいたいでいいやん、と言われるとそれまでのことを命かけてやるところもあるし、研究?学問?の世界って無駄に見えるけど人間性が濃く濃く詰まっているものだなあと実感しました。その先生は偏差値40の高校で古典を教えて、ずっと竹取物語の音読を半年ほど取り組まれたそうです。その成果として、古典が理解できるようになったそうです。そういう話は時々l聞いていて、進学校でも1年間かけて一冊を読み切るとかそういう取り組みされていて生徒に考える力がつくということを実証されています。なのに、現実は暗記させて点数取らせる教え方がほとんど。学校教育変えないと人間変わらないよ・・・と思っている私です。英語も教科になるらしいけどどうなるんでしょうね。今のやり方では絶対しゃべれるようにはならないと思いますが。

今日一日、「作者の気持ちでも考えてろ」ってバカにされる文系の魅力を実感することができました。ああやって作品に向き合っていたらおもしろいだろうなあ。そして、先生のお人柄にほっとしました。いい人っているよね。そして、一つのことをこつこつやっていくことの価値を改めて感じました。

朝、電車に乗り遅れて「今日は最悪だ」と思いましたが、一日終わってみるといい日でした。人生塞翁が馬、いいこともわるいこともいろいろです。

暑い・・・・・・・・・・

朝夕はしのぎやすかった昨今でしたが、さすがに昨日の土用は夜も暑かった。そして、昨日は町の夏祭りで、役員のためお手伝いに行ってきました。キャラクター風船(ヘリウムガスの)を売りましたが、ドラえもんアンパンマンはそんなにみんな欲しがらないのですね。一番売れたのは今やっている戦隊もののキャラクターでした。好きな図柄を選んで親に買ってもらった時の、ちょっと気恥ずかしくてでもうれしさがこみ上げる子どもの表情が印象的でした。うちは、ああいうものは一切買ってこなかった気がします。1個500円って高いという印象があったことと、しょうもないおもちゃ、という印象がありました。でも、おもちゃって、決して実用的ではないしょうもないもので、でも、子どもにとっては夢がたっぷり詰まっているものなんですね。ケチってんと風船の一個くらい買ってあげればよかったといまさらながら後悔しています。人生って正当に生きるより遊びが必要だなってほんと思います。真面目なことしてても、仕事してても心をいかに遊ばせるか・・・・、50過ぎて感じていることです。

そして、一昨日、姉ちゃんと冒険をしました。水着姿で海辺で撮影会をしたのです。ポーズも研究して400枚ほどとって・・頑張りました。プロの撮影もこんなんなんやろな、なんてしゃべりながらカシャカシャとシャッターを切り続けて・・・。ベストショットも何枚かありました。私は、二人で普段できないことにチャレンジして、それなりの作品もできてやった事実に満足しているのですが(楽しかったよという事実)、姉ちゃんはなぜかそこで満足はしないのですね。また、落ち込むネタが増えただけ・・・みたいに、消沈していて・・・・。生きてて楽しいってこといっぱい経験してほしいなあと思うんですが、やる楽しさと結果の楽しさが一致しないようです。親が常に評価してきたかな・・・。今でも、親がどう思うかを気にする心優しくも気弱なところがあります。今さら、自分のやりたいことやったらよいって、無責任な発言かもしれません。でも、今回、頑張り屋の姉ちゃんらしくすごく頑張りました。これと思ったら没頭して緻密に計画するのも姉ちゃんらしくとても素敵でした。(分析は意外と冷静でしっかりしてます)そんな良さをとても大事にしてほしいと思うし、若干まわりとかみ合わなくてもどんなことにもプラスの意味があり、それを思いついて行動に移したことは必要な行為であったと思う。うれしさも落ち込みも含めて何か自分の成長につながっているはず。そんな自分に自信を持ってほしいと切に願っております。姉ちゃんのファンとして生きてる限り応援します。姉ちゃんの温かさをひしひし感じているファンより。

仕事・・・やめたい

ああ・・・、毎日の仕事疲れます。年とともにいろんなことが対応できなくなりました・・。自分の老いを見つめるために、仕事辞めたい理由を細かく分析したいと思います。まず、第1にエネルギーがなくなった。今までは10分に3つか4つの仕事に向かえたのに、今では1つするのがやっと・・・。せんならんことを箇条書きにして、毎日そんなにスピードアップで働くことはできませんが、今日は仕事片づけて帰ろう!と思った日は、次々と箇条書きの仕事に取り組んで線で消して行けたのに、今では、“せんならん・・”と思っても体が動かない始末。めんどくさい・・、やりたくない・・という気持ちが勝ってしまいます。それは家事でも一緒。これして寝なくっちゃ・・と思ってもそれができなくなりました。動きの速度が3分の2くらいになったことを実感します。第2にそのエネルギーのなさが、同僚の中で、浮いてきているということ。疲れを感じつつも一職員としてみんなと同じように、今までと同じように働きたいとは思っています。でも、若手もいる中、もう私は周りの若い方に配慮される存在になりました。「〇〇さんは、いいですよ。」と優しくかばってもらえる存在になりました。うれしいですよ、仕事楽させてもらえるのは・・・。でも、いや、わたしできるけど、という変なプライドがもたげて、もう職場のお局様か・・・と寂しい気持ちを感じてしまいます。第3に、仕事の性質上、相手さんと張り合わなくてはならないときがあります。私なりに頑張っても、同僚の若い方のほうがうまく相手さんを扱ったときに、ちょっと口惜しさと寂しさを感じます。もちろん他の方のおかげで相手さんがご機嫌なら喜ぶことですが、喜びと一抹の寂しさが同居するのです。第4に、世間の情報に乗れないこと。相手さんとの交渉でいろんなご時世の話もしなくてはならないのですが、SNS系列は全くダメ。テレビも見てる間がなくはやりのドラマもはやりのニュースもトレンドも知らないし、さて、何を会話にして相手さんとつながろう・・何もない・・・。面白みのない人間なのです。ついていけなさを感じます。そして第5、健康問題。体にぶつぶつが・・・と思ったら老人性いぼができていた。くしゃみしたときに尿漏れがあったり、走る時はトイレ済ませないと不安になる。ちょっとしたことで下痢になったりトイレ問題は意外と大きな不安要素です。時間が開けばとにかく座りたくなる、立っているとえらい・・・。見た目は若作りしてますが、物が落ちて拾う動作やご飯食べててこぼれてしまったり随所で「おばあちゃんや・・」と感じることもしばしば。そう、おばあちゃんに足突っ込んでるのです。第6に脳の問題。人に聞いたこと忘れてしまう。職場の人の名前がなかなかおぼわらない。何か聞いたときに親切に答えてもらったが、「あっ、これ、前にも聞いた記憶がある・・・」と聞いてから思い出す。総合的判断力の低下。いつ、どこで、何があるか、若いときは一回でおぼわったのに今はほんとに記憶に残らない。「前にもきいたかもしれんけど」と言ってから聞く、そんな生活をしている。第7に組織の問題。成果主義が蔓延し、年度初めに目標を立てろと言われる。それもなるべく数字で表せる目標。何を何回頑張るとか、いつまでにこれをこれだけ仕上げるとか・・・。そんな目標の立て方おかしいよ、と思う。まじめに働いてるじゃないか。そして年に2回面談がある。上司から目標に向けて頑張れたか話があるのだ。他にもこの職場のいいところと問題なところを感じたことでよいので言えと言われる。自分の体の世話で必死なのに、あと数年で退職するのにそんなことどうでもいいわ!と言いたいところを、あたかもまじめな仕事人のように、「いいところは〇〇なところで、もう少しこういうところがこうなったらいいかなと思っています」と取り繕って答える。上司は「そうですね、職場のためにどうぞ力を貸してください」などとのたまう。そしていつも言われることは「あなたの経験を若い方々にどうぞ伝えて、若い方を指導お願いします」と丁重に話される。うそとうその社交儀礼である。疲れます・・・。これ、本来の仕事と違うじゃないか。本来の仕事と違うことでエネルギー使うのは嫌だ。私と同じ年代の人は多かれ少なかれ同じ問題を抱えつつみんな頑張っているのだろうと思う。他にも細かいことあると思うけれど、そんなこんなで、もう仕事辞めたいよ~と日々思っている私である。お金、降ってこないかなあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

車談義・・・。

車談義。今の車はあと二年ほど乗って買い替たい、っていうことは以前にも書いたと思いますが、その続編。今のは意外と大きいので、もう少し運転しやすい小型がいいなあ。でも、高速は知ったときにスピード出しても怖くない安定感もほしい。加速はそんなにこだわらないけど、高速で時速110キロ出しても怖くない滑らかさもほしい。スピードを感じさせない車体の安定感。形は、のべっとしたのはあんまり好きではなく、どこかシャープな感じがいい。特に、人の車って後姿を見ることが多いので、後姿がシャープさとかわいさと兼ね備えているのが理想です。内装はそんなにこだわりません。実はちょっと変わってる…という感じが好きなので、マニアックさもあるほうがいいかな。後部ドアは、引き戸みたいなほうが使いやすい。色は白でいいけど、この前車体が紺で屋根が白の小型車が意外とかっこよくて、紺系もありかなと考えています。走りやすさは乗ってみないとわからないですよね。おっと、大事なことを忘れていました。価格は300万円・・・は出せないです。200万前後で(もちろんすべて込み)抑えたい。ちょっと思っているのが、車体価格300万なので、それの中古がうまく手に入ればいうことないのですが・・・。車屋さんからうまく中古車を購入するのはどうしたらいいものか・・・。誰か教えてほしいものです。いつも車は夫と言って夫にすべて手続きしてもらい購入していたのですが、そうすると夫が当然のように私の車を勝手に使ってしまう。それが、意外とストレスです。置いておいたものが後ろにほおってあったり、座席下に転げ落ちてたり・・・。人の車使うならきちんと元に戻しておけよ・・と怒りがこみ上げてきます。それで、今度買うときは私独自で商談したいと思っていて、買った車は勝手に使わせない約束をしたいと思っています。でも、50過ぎのおばちゃんがうまく安く車を買うなんてなかなか難しいのではと意気消沈してしまいます。まっ、どうなるかわかりませんが、とにかくお金をためてできれば望みの車を購入できるように頑張りたいと思います。・・小銭ためなきゃあ~。