いよいよ12月

すがぽんの出会いから3カ月。なんか一年くらい前の気がします。いま、今年度で退職決めて、その日を指折り数えている毎日です。そこまで楽しみにしてるけど、やめると、行っといたらよかったと思うをだろうなと、いつも後悔先にたたずの私なので、40パーセントくらいそんなことも覚悟しています。この前、上司との面談がありました。早期とはいえ22歳から57歳まで勤めて、その人生の岐路を変えるという私に上司が言ったことは、就業時間ぎりぎりに来てるようですね、事故しないように気をつけてください、というお話でした。悲しいものです。上司って、人間的にどうなのかっていうのは別ですね、他に何か言うことなかったのですかって思いました。別に労ってくださいというわけではなく、やはり、長年勤めた仕事をやめるのは、寂寞感があります。そこを、何か寄り添ってもらいたい気持ちはありました。そこは、人としてどうか、ってことですかね。そんな会社、やっぱもういいです⁉️

今娘がいとおしくて仕方ないです。10年、引きこもって(?)、二年ほど前になんとか仕事見つけて行くようになり、今、そこをやめて新たな職探しをしています。その会話が、一つ一つ大切なんです。人ってこんなにも健気に生きられるものなんだなあと、ほんとに感心します。「私も第3の人生かなぁ」とか、「お皿洗とくよ」とか、「こんなこと感じたよ」とか、一つ一つが生きることを大切にしている実感にあふれています。暗いトンネルの光はほんとに輝いてます。あって当たり前の富士山を、天気がよくて見えたとか、雲って見えんかった、という一喜一憂とは違う、光が、湧き上がる一粒の涙の価値があるように思います(ちょっといいすぎ⁇かなぁ)。今、病気で命の危ない愛ネコを、お世話してくれています。その愛ネコの命との向き合いも、一言で言えないつながり、尊敬、愛情、悲しみ、いろいろな感情を確認し合いながら見守っています。一人一人の人生はその歩いてきた道なりに価値があり、誰とも比較できないことを娘が教えてくれました。頭でわかっていても、感情でどうしても比べてしまうものですが、ほんとに娘はいろいろな事を教えてくれました。愛ネコも、今体をはって私たちにメッセージを送ってくれています。無駄なものはこの世にない、そんな思いで何かを受け止めたいと思います。

久しぶり東京だ!

今日、東京へ行きます。イベントに参加します。私の携帯の待ち受けになっているすがぽんの朗読イベント。すがぽんは40才の声優さんです。歌が上手い。CABAというユニットを組んでいて、そのイベントに昨年参加して、もう一度見てみたい!と今回申し込みました。ウチから4時間かかります。今新幹線待っていますが、早速ドジ踏んでます。切符を買って改札出ようとしたらとびらがバタン!帰りの切符入れてました( ; ; )。早く着いたので一本早いのに乗ろうかとウロウロしてたら方向がわからなくなりみんなの流れにのって在来線の改札出ようとしたり。もちろん、とびらはバタン!とにかく待って、予定の新幹線に乗りました。ほんとに早いね~。車体の浮く感じが怖かったよ。さて、案の定、現地を行き過ぎて戻るという事もありましたが、無事到着。ちょっとお客さんが少なかったかなぁ。そして、大人しい方ばかりで、笑いはありましたが静かなイベントでした。すがぽんのおしゃべりは、ほんと好きです🤗。朗読もありました。声優っぽくってよかったです。オリジナルの話でボケたとこもあり楽しかったですが、もう少し聴かせるストーリーでもよかったかなと思いました。最後の歌は聴かせてくれましたね〜。こんちゃんのワインレッドの心、2人の夜空のムコウ、ピアノ伴奏はそんな落ち着いた曲がとてもあっていていい歌声でした。もう東京まで来ることもないと思い、すがぽんの姿をジィーっと見つめて、目に焼き付けて帰って来ました。

また、明日から、CABAの曲、車で聞いて🚗、仕事頑張ります‼️

生は、いいわぁ^_^

 

 

夫婦という病

あんまり夫の言動が苛立つので、岡田先生の「夫婦という病」という本を買った。しかし、その本を読む前に、夫への苛立ちはすうっと消えていた。その訳は、娘が、アスペルガー症候群の本を読んでいて、「これ、まさしくオトンやん!」と紹介してくれたのが、反抗挑戦性障害の項目だった。怒りっぽくイライラしがち、自分に非がある場合でも謝れない、注意を受けると否定されたと思い込む。自尊心が、極端に不安定になる輩らしい。本人に言えば怒り出すかもしれないが、私からすれば当にこんな人だ。なんで分からないの⁈と怒り心頭になったのも、本人の性格や心がけが悪いのでなく、そこが分からない人なんだ、と思ったら、怒りがすうっと消えていった。そして、そこを理解して、対応するしかないと思えてきた。あんなに腹が立って腹が立って仕方なかったのに、自分でもつきものが落ちたように穏やかになれたのは不思議で仕方ない。人の心って180度変わるものなんだ。(私が単純なだけなのかも)ただ、この現象、何故なんだろうと思う。言っても言っても理解してもらえない、行動が変わらずに腹が立つ、それが、そういう障害(?)の持ち主と理解しただけで全く怒りが無くなる。ましてや優しくしようともする。相手の様相は変化がないのに…。人間関係って捨てたもんじゃないと感じた。「あいつ大嫌いやし」そんな人いくらでもいる。職場でもいっぱいいて、浅く狭く人間関係を保ってきた。大嫌いな人間は多分ずっとそんな言動で雰囲気で、私好みに変化することはまずない。世の中にはなんて嫌なお方がいっぱいいるのだろうと、世間に出るのも嫌になるくらい私は閉鎖的な人間だ。でも、その「嫌」って、こちらの理解の仕方で変わる事があるんだ、と今回のことで感じた。相手を理解する、というとなんかシャチホコばっているが、こういう原因があるんだ、と気づくことで、相手を受け止めようというよい人間性が自分の中に生まれてくるんだ、と感じた。例えば、お喋りな人がいて、「うるさくて嫌だ」と避けていたけど、その人は、「喋ると落ち着くのよ、静かだと不安で不安で」などと打ち明けてくれたら、喋って気持ち落ち着けてはるのか、と見方が変わるかもしれない。それぞれの人の持っているリスク(?)に気づけるかどうか…かな。相手を自分の価値観で判断してこうあるべき人と思ってしまうと、腹が立つことばかり。それが正しい時もあるけれど、自分も相手も必ずリスクを持っている、そこがはっきりすると、相手を受け止めることもできるのかな…。人間って捨てたもんじゃないよね。

声が聞きたいけど・・・

NHK城みちるの番組をやっていました。もう60才になるのに慰問活動を頑張っておられる内容でした。そんな活動をしている事も知らなかったし、なぜ続けているかも知らなかったけれど、すごく考えさせられる内容でした。たった一曲当たっただけの歌手と思っていました。でもその一曲が今の活動の支えになっている。決して侮れない。そして、親子の関係。本人も、色々な制約を受けつつ、生きてきた事。ちやほやされるアイドルに甘んじず親や家のことを考えて人生の岐路を選択してきた事。逆らえない父だけど、反対に会いつつ自分の生き方をしてきて、最後は親である父に気持ちを寄せる事。紆余曲折ありながらも、大切にしたいことを自分の信念で突き進んでいる事。アイドルから落ちぶれたと見えがちデすが、地に足つけて頑張っておられることがうかがえました。

東京の息子の事が気がかりです。元気か、と連絡しようと思いましたがやめました。私の誕生日がもうすぐなので、そのせいかと誤解を生んでも困るし。でも息子は私の誕生日なんか覚えていないとは思いますが。

いろいろな親子関係があります。

私は、 良い親子になれると思って子育てしてきましたが、子どもは親大嫌い💔です。子の心親知らずです。

ごめんなさいです🙇‍♀️🙏。

でもこの番組を見て、親子の関係は、とても糸が絡まり複雑だということを感じました。そして、親として、子どもを信じる事の大切さを感じました。

息子とたわいもない事話したいけど、親からの連絡なんて身の毛もよだつだろうから我慢我慢。

息子には、ごめん、ありがとう😊、それしか言えません。

ごめん🙇‍♀️🙏、

大事です。

許して

ありがとう😊。

 

 

久しぶり(*´-`)

もう、一年くらい書いてないですね。久しぶりです。このお盆に長男が帰ってきました。親に憎しみを抱いているので、「帰ってくるかぁ」と聞いても負担になるかと思い黙っていたら、向こうから夏休みだから帰ると連絡がありました。迎えに行った時はいつもながら無愛想でしたが、ピリピリした感じはなかったものの家で過ごし出すと「おぅ」と吐き捨てるような返事。お土産も「食え」と言って渡し、睨みつけるわ……。今回は、もう仕事もやめるし子どもとも一定距離を置いて普通に接しようと思っていたので、いちいち気にせず注意もせず過ごしてましたが、とにかくずっとそんな調子。姉と喋った時、すごくいい顔で笑ったのが救いでした。明日帰るという晩ご飯の時に「なんで普通に喋ってくれへんの?」と切り出しました。何か睨みアピールが、言いたいことあるけど…に受け取れ、何か少しでも吐き出してもらわな、せっかくの帰省やから、と思ってぶつかってみました。長男は、怒り収まらぬ感じで💢さらに表情はこわばり、立ち上がり私の胸ぐらをつかんできました。夫が仲裁にきてくれましたが、長男いわく、「お前らにそういうめにあわされてきたんや」「オレの人生、ミスった」私が何か言うと、「偉そうに‼︎」

本人も頭抱えて、自分を卑下し嘲笑い、私はすまないとしか、いいようがなかった。「キレるって気持ちいいなぁ」「あと100回くらいキレたらおさまるかなぁ」。絞り出すような声に、ごめんな、としか言えない…。

姉が上手く言いました。「機能不全家族」と。そして、それぞれの所為ではあるけれど、誰の所為でもないと。長男との関係はずっと膠着状態だろうと思う。「親を困らせたい」らしい。それだけ本人が困っているのだと思う。ごめんやで…。家族として、そんな長男を影ながら応援するしかない。

「偉そうに‼︎( *`ω´)👊」って言うだろうなぁ😓😓😓

 

 

んん〜、感謝?

今日、カウンセリング行ってきました。ちょっと相談したいことがあって…。引きこもっていた娘が、自立したいとのたまい、親としてどうしたらいいかアドバイスして欲しくて。

ほんと、無茶苦茶なこと言うので途方にくれての相談でしたが、カウンセリングの先生は、娘をすごく理解してみてくれてる事に感謝でした。親の育て方が悪かったのに、娘は娘として見てくれて、すごく大切にしてくれている事が、私の相談からも感じられて、いい出逢いがあったと、感謝。大事な娘を守ってくださる方がいてよかった、ありがとう、と思った日でした。

苦しんでる人はたくさんいる。娘が何もいい事がない、と言うので、人生にいい事ってどんな事があるのだろうと思ったときに、結婚、出産しかないのではないかと思ったのです。それこそ宝くじに当たるとか、お金拾ったとか、大きな懸賞に当選したとか。他は何か日々の失敗やアクシデントばかりです。人生の99パーセントはうまくいかない事ばかり。人生はいい事があって当たり前なんて思ってたら大間違いです。アクシデントをなんとかしようと必死になって、あぁ、今日も一日終わりましたって言って過ごすのが人生のような気がします

1月も後半( ;∀;)

見にコンサート、無事終わりました。終わった直後はうまく演奏できなかったことに落ち込んでズドーン😢でしたが、あとで、DVD見せてもらうとそれなりに音が出ていたのでほっとしました。ズドーン、の時も一緒に演奏したKさんからは、「そういう経験が大事。僕も、いっぱい失敗してきました。」と励ましていただき、また、Tさんからは「こんな機会を作っていただきありがとうございます。」とお礼まで言われ、世の中こんないい人がいるんだと心の中で涙しました。うちの家は、そういう言葉のフォローがない家なんで。確かに、本人がどう行動するかが大切ですが、言葉はとっても大事です。心の中では舌を出してても「ありがとう」って言える、へたくそな演奏だなって思ってても「よかったよ」って言える・・・。人ってかけられた言葉で落ち込みもするし元気も出ます。そして、私たちは、その言葉がまやかしか、真実か感覚的にわかります。嘘でも、その人の優しさが含まれている真実がある、そんな言葉には、「ありがとう」って素直に思います。取り繕うことは世の中にいろいろありますが、取り繕うとすることは、その人の優しさであることが多いです。そうやって、お互い助け合っているんだなあと実感します。少し前までは、真実が1番と思っていました。お愛想で相手を褒めるなんて、それは嘘です!という立場でした。真実が一番大事でしたけど、真実とは違うけれどそれを言うのはその人の優しさ、それを言わないのはその人の優しさ・・・そう思えることが多くなりました。いっぱいいっぱいつらいこと抱えてる中で、うそでも褒められるとうれしいです。そう感じるのは、職場以外のプライベートで付き合いのあるお友達との雑談かな。いわゆる「世間」の人との雑談。これが楽しい!!。家族、夫婦はあまりそんなこと言わない。してほしくないこと伝えることが多い。夫婦は優しくないけど、世間は優しい人がいっぱいいる。ありがとうって思います。

ほんと、世間の人は優しくて、私も生きてていいんだっていう気になります。でも、大きな孤独感もあります。家族にそんな優しさがないから。いろいろあって2か月夫と口きいてないけど、夫からは何のモーションもなくお互い無視し続けてる。私の反抗を夫は無視し続けてます。多分本人は「お前が怖いからや」とあえて関わりを持たなかったと正当化するでしょうが、「どうしたんや」「何がいいたいんや」という相手の気持ちを汲み取ろうということがないですね。さわらぬ妻にたたりなし・・・ですかね。男性と女性の差かもしれないけど、そうやって一生懸命つらいって信号送ってるのに無視する男性って、女性からは「どういう神経してるの?」って思います。

世のご主人、奥さんを優しくしてあげてください。

 

はあ・・・。やれやれ。

昨日次男が下宿に戻り、家は元通りの3人家族にもどりました。ほんとにお正月が終わったなあという若干の疲労感と虚脱感。普段の生活が始まります。そして、仕事に追われる日々がまた続くことに。

この3連休は何かと忙しかった。7日日曜日、大阪に大竹しのぶの舞台を見に行った。昔からあののほほんとした雰囲気が好きで、超有名女優だし、舞台の内容も知らずにチケット申し込み楽しみにしていた。お正月は、京都とかに歌舞伎を見たりミュージカルを見たり年に1回の演劇をここ数年楽しんでいる。会場に着いて、いったいどんな舞台なんだろうと検索してみると、精神を破綻していく女性の話と知って、(うちは精神破綻なんて人ごとでないだけに)ずしりと重い感情が沸き上がり、「もっとお正月らしい楽しいのにしてよ~」と心の中で叫んでいた。悲しい話、つらい話はもうたくさんだ。でも、舞台が始まるともう、入り込んでしまった。大竹しのぶの超長い、多いセリフを息もつかずつらつらと語る姿。大女優と言われる魅力を目の当たりにしたという感じだ。しゃべり方は特に演技しているという大げさな感じは受けなくて普段の大竹さんの延長の雰囲気だったがそれがなぜかしらぐいぐい引き込まれる。大げさでないけれど、セリフ一つ一つへの感情移入がしっかりあって、すべてのセリフが輝いている感じがした。うなずき一つでも、しっかり生きている。間も素人の私が言うのもおこがましいが、「う~ん、その間、ばっちり!!!」と心の中で感嘆する場面も2度や3度でない。3時間、飽きることがなかった。どんどん、吸い込まれていった。内容は、人間愛とか思いやりとか「ああ~いいお話でした、」というものではなかったが、見終わったら感動で涙が出てきた。プロを見せていただいたという感じ。最初の思いはふきとび、「お正月からいいもの見せてもらったなあ」と大満足で会場を出た。

8日の祝日、4人の仲間とミニコンサートをすることになっていて、その練習があった。その一人、Mさんは、がんと闘っている。もう7年くらいか・・。その子どもさんが成人を迎え、今度の土曜日に祝う会が催される。4年ほど前、再発がわかったとき、抗がん剤の苦しさを訴えられ、どういう治療をするか悩まれていた。わたしはつねずね、抗がん剤治療には否定的なので、無理しないように伝え、人の命はだれだって明日あるかはわからないよ・・なんて話したことを覚えている。その時に、子どもさんが高校卒業するまで、せめて成人になるまでは生きていたいと話されたことを記憶している。それからMさんは積極的な治療を選択され、今でも抗がん剤を受けながら頑張っておられる。1年ほど前に、子どもさんの成人を祝う時に、楽器演奏しない?と持ち掛けた。Mさんは中学でブラスバンドをされていて、今でも子どもさんを集めての楽団(?)に参加されている音楽好き。私は何とかフルートが形になってきたかなあということで、二十歳までは・・・と言われていたことが忘れられず、Mさんの励みにでもなればという思いで話を持ち掛けたのだ。Mさんのつてで4人が集まり、ディズニーやジブリの曲を演奏することに。昨日のMさんのリコーダー演奏、素晴らしかった。思い入れのあるある曲がとてもうまくて素晴らしかった。こっちが励ますどころかほんとに励まされる。人にはいろんな生き方があるものだと胸が熱くなる。成人を祝う会の演奏会、いいストーリーが味わえた。あとは本番。へったくそなフルートで足を引っ張らないようにしなければ。神様、見守ってください。

 

新年あけましておめでとうございます。

2018年、もう六日目です。年末は入院となり、検査も無事(?)済みました。これが、えらかった・・・。採血でもぶるっと震えるくらいなのに、いろんなところに管を通されめまいしそうでした。年末は何となく体がすっきりしませんでしたが、お正月明けて調子も戻ってきました。やれやれです。二度と入院なんてしたくないものです。お正月は3人の子どもがそろいましたが、長女はバイトに行ってたのと、長男と次男はご飯を食べに来るくらいであとはずっと部屋にこもりきりだった(ゲーム三昧)のとで、にぎやかとはとても言えないさみしいお正月でした。特に長男はわたし(母)を目の敵のようにして怖い顔で見ます。今までは何とか関係を作ろうと話しかけたりしましたが、相手がそれほどまでに嫌がっていることを謙虚に受け止めようと、いつまでも母親ズラするんじゃねえよ!って言われてるんだなあと受け入れるようになりました。自分の非を認めるってなかなか出来ないものです。昨年末から夫からもひどい仕打ちを(?)受け意気消沈。長女も頑張っているもののなかなか気持ちがおだやかにならない・・・、長男も、親を憎み心すさみ状態・・・。わたしは一生懸命〇〇家の嫁さんとして頑張ってきたつもりで、頑張って頑張って幸せになるように、自分も子どもたちも幸せになるようにやってきたつもりですが、幸せを積み上げるどころか不幸をつみあげてきたのかなあという思いがふっと心を支配しました。まさか不幸を積み上げてきたとは・・・。そう思った時に、私が子どもにしてあげられることなんて何もないよね、何が起きても受け入れるしかないなあとある意味開き直りました。長男は何か事件を起こすかもしれない、長女も自ら命を絶つかもしれない、今まではそれだけは避けたいと何とかしたいと思って接してきましたが、それも覚悟しよ・・・。ちょっと大げさな表現になりましたが、自分の背中にしょっていたものをどさっと下した感じです。なぜ下ろせたか、申し訳ないけど夫婦という関係を自分の中で清算したからかなと思います。夫にはわからないと思いますが、それほどまでに家の縛りは私にとっては大きいものでした。離婚するわけではないのですべて下せるわけではありませんが、何が起こっても受け入れるしかない。母親ズラするな・・・これが今年の座右の銘かな・・・(笑)。書初めは「母親失格」。母親は失格だけど、社会人としてはなんとかやってます。嫁としては十二分くらいやってきました。妻としては忍の一字。こうやって愚痴つぶやきながら、自分の世界を楽しみながら、難しい関係を何とか乗り越えながら、自分が生きてることを大事にしていきたいものです。わたしって超自己愛が強いタイプ?!

長男は昨日東京に戻りました。うっとおしそうに帰っていきました。がんばってな・・、心の中で叫びました。

久々入院🏨

ある臓器のため検査入院しました。この病気とは付き合いが長く、小学1年生で一度入院してます。中学1年生で再度入院。もう40年ほど前なので病気の細かなこともわかってなかったのだと思います。そんなこんなで結婚して子ども産んで特に治療もせず過ごせていたのですが、10年程前から検査結果が少し悪くなり、主治医もかわったので再度検査になりました。お産以来です、入院なんて。娘からゆっくり休んでき、と温かい言葉をいただき、そのつもりで来たものの、なんか調子悪いんです👎。頭がボーッとして微熱があるのです。一度事件が起きて延期になったことや、職場でインフルが流行っていたこともあって、無事入院までこぎつけられるか緊張してたのでその疲れが出たのか、二週間ほど前にひいたしつこい風邪がすっきりしないのか、なんか調子悪い😓。明日の検査、ちゃんと受けられるといいけど…。

朝はいつものように早く目覚めました。まだ暗かったです。こんな機会にしか朝の日の出は拝めないと思い、6時過ぎからデイルームでだんだん白んでくる空を眺めてました。とても綺麗でした。冬型で灰色の雲が浮かんでいる中、太陽が上がってくると雲の底が(?)きれいなピンク色になり、山はだ近くに低く雲があって、いよいよ光が差す!というシーンが雲海の中から太陽が出てくるような雰囲気で、空が暗闇から白くなり、白から青に変わって行く様が、太陽の力を見せつけられているような気がして、自然の力にひれ伏したくなる気分でした。明るくなってから実際一筋の光が出るまでにはかなり時間がかかるんんですね。まだかまだかと待って、丁度部屋の隣の非常口が日の出がしっかり見えるところで、そこにたたずんで光が差すのをじっと待ってました。差し込んだらお祈りしようって思って。もう7時は回っていたと思います。一時間くらい、ずっと朝日を待っていたんですね。あと少し……というところまで来た時、「◯◯さ〜ん」と私を呼ぶ声が…。看護婦さんです。「すみません、採血と検尿お願いしま〜す」「今ですか?あのー朝日が出るの待ってたんですけど…」と私。まあ、一瞬躊躇ったものの、忙しい看護婦さんを煩わすわけにはいかないと、すぐにベットに戻り採血することに…。私の待った一時間は一体なんだったのか😭😭😭。看護婦さん曰く、「先生が昨晩は患者さんにつきっきりで今帰られたんです。今指示があったので、ごめんなさいね」ということでした。よかった、ちょっと待ってくださいと言わなくて。この件、私を象徴してます。いつも私が頑張るとろくなことはないんです。残念だけど、残念なこと味わうのが私の人生なのです。そこでイライラしてたら私は生きていけません。その後、しっかり顔を出しきったお日様に手を合わせました。子どもたちが幸せになりますようにって。こんな間の悪い私だけど、間の悪さが私らしいって、励ましたくなります。それでいいんだよって自分に言っています。

明日の検査、無事すみますやうに🙏

先生、👨‍⚕️  よろしくお願いします。

キミマロ、ありがとう^_^

険悪な夫婦関係。何でこいつと一緒になったんやろと、怒りおさまらぬ中、車でテレビ聞いていると、綾小路きみまろが出ていた。前からあの毒舌が好きだったが、あらためてその漫談聞いてとても癒された。インタビューされた主婦も言っていたが、なぜかあの漫談を聞くと夫を大事にしようと思ってしまう。「新婚時代、あなたが死ぬ怖い夢見たの」あれから40年、「昨日怖い夢見たわ、あなたが長生きする夢」   漫談の一例だが笑ってしまう。夫と仲良くするまでにはいかないが、ぐっと溜め込んだストレスはふっと軽くなった。家の敷居が1メートルから10センチメートルになりました。ありがとう、きみまろさん。でもこの漫談の良さは主婦にしかわからないのだろうな。夫と共感できるなら価値観もすり合わせられるのだろうが、男にはピンとこないところが大きな溝になっている。でも、きみまろ様、ありがとう。

続編(^o^)

昨日の結婚式の帰りの件、私が何で何の連絡もなしに帰ったん?と聞いても、お前が勝手に帰ったんやんけと言われると思い触れずにいました。案の定、娘に「自分が勝手に迷子になってタクシーで帰って来てるんやんけ」と言っていたそうです。少なくとも私は連絡しました!といいたいところですが、通用する相手ではありません。離婚協議なら、話してもいいかなぁ。やはり、私も悪いけど、「先に帰ってしもた、すまんなあ」を言ってほしいです。それも言えない人と話したくないというのが今の気持ちです。もう憎みあってでも現状維持していくしかない。ただ、よくあることですが、ここの家のお墓には入らないと思ってます。悲しい夫婦になりました。もっと仲良しの夫婦でいたかったです。でも、もう我慢するの嫌なんです。

遺書と思って💦

今日は夫の甥の結婚式に参加させていただきました。もう、夫には愛想が尽きてみなさんの前でしたけど、話をしませんでした。夫は呑んだくれてました。締めの挨拶で寝てしまうほど呑んだくれたのは夫だけです。情けない。自重という文字はないのでしょうか?一緒に帰るものの気にもなってほしい。呆れて、一緒にいるとやはり介抱しなくてはならないから離れて先に駅に向かいました。てっきり後からついて来てくれるものと思いました。でも待てども待てども姿が見えません。一人で帰る訳にも行かず、待って待って、待っている場所を携帯にも連絡しましたが返事は来ず、かなり酔っていたので座り込んでいないかという心配もあり、とにかく改札で待ち、ホームに降りて確認して、それでも落ち合えず、結局式場まで戻り、座り込んでいないことは分かったので、とにかく電車に乗ることにしました。その間メールも数回送り、電話は10回くらいかけて何とか連絡とろうとしました。一切返事がありませんでした。電車に乗ってしばらくして夫が一人で先に帰っている事がわかりました。置いてかれました。でも置いてかれた怒りより、一緒に帰らずに済んだ安堵感の方が大きかったです。私はそのまま帰りました。娘と一緒に帰る予定だったので、娘と夫は同じ時間帯になり一緒に先に帰れました。家に帰ってから、娘に事情を話すと、私が夫よりも先に帰ったのがあかんかったと言われました。本当にその通りです。我慢してとりあえず一緒にいればこんなことにならなかったはずです。でも、まさか置いてかれて一人で電車に乗って帰ってしまうとは予測が出来ませんでした。一緒帰る予定なので、電車は少なくとも一緒だろうという私の基本的概念が共有できないのです。性格の不一致でしょうね。夫と娘は一緒に帰れました。娘が自転車乗せて帰りたいと言っていたので、それができたのでとりあえずよかったです。夫が娘に、私とのことどうしたらいいか娘に聞いたそうですが、娘は、お母さんは協調性がないから仕方ないと答えたそうです。社交性はないけど協調性はそこそこあるのでは、と思っていましたが、違うようです。娘は最近仕事も続いていろいろ話してくれるようになりました。夫とも話しするようになりました。よかったです。この前、娘の事で一言注意したら、お前だけが分かってるつもりでいるなと怒鳴られました。最近少ししゃべるようになった事で自分も娘の事しっかり見ていると主張されます。私はどの口が言うのかとびっくりです。もう、敢えていいませんが、これだけは許せませんでした。私の10年を否定したに等しいと思いました。でもそんな怒りも協調性が無い私の不徳の致すところなんですね。年取ったせいか我慢できなくなり、ワガママ放題になっているのかな。やはり私が悪いらしいです。でも我慢するの嫌なんです。嫌だけど、人様に迷惑かけるのはやはり避けなければなりませんね。遺書として……。それでも私はがんばった。至らないところはわかるけどどうしようもない事もある、ごめんなさい🙇‍♀️。

tanto

 

新車、赤いタント。大事に乗りたい。わたしの分身。

 

でも、もう不具合・・・・・。

 

この気持ち、わかんないだろうなあ。

 

夫に貸すと異変が起こる。私はしんきくさいくらいゆっくり乗ってる。

 

このショック。やるせなさ。わかんないだろうなあ。

 

夫に貸したくないけどそれを言うと私が極悪人になる。なんで、それくらいのらってもいいやんと。

 

 

いや、普通の乗り方やったら誰も文句言わへん。ぶっとばしててもぶっとばしてないという人にどう対抗すればいいの?

 

 

あの人、嫌いや。ほんと、嫌い。

 

わたしが悪いのかなぁ

先週の水曜日、私の新車に痰がついていた。朝、夫が新聞配達のため使っていた。ホースで水を流しても落ちなかった。黙っていようと思ったが落ちないので夫に言った。「わしがそんなことするわけない」と言った。でも、ついていた。洗い流して、そのまま黙っていた。何で痰がついているの??という私のストレスは棚上げされた。謝ってもらえなかった。わたしが悪いの?????????

 

今日、水曜日、朝夫が新聞配達のため使った。仕事に行こうと車に乗ったがアイドリングストップがきかない。寒くなると時間がかかるんだなという感触はあったが、仕事場に着いても機能は回復しなかった。夫の運転は、ドライブ診断で最低の1レベルだ。急発進急停車・・・。大事にしたい新車が、なぜか不調になる。水曜日・・・。

 

わたしが悪いの?

 

子どもは心が不安定だ。お父さんの声うるさい、と言った。私は夫に少し静かにしてと怒らずに言った。そしたら、お前だけが〇〇(子どもの名)のことわかってると思うなよ!と怒鳴った。多分「怒鳴った」といったら「わしは怒鳴ってない」というので最初からかみ合わないからそんな主張ももうあきらめているが、客観的に彼は怒鳴った。〇〇が言っているからと伝えれば〇〇に責任を負わせることになるのでそれ以上言わなかった。私は10年間〇〇と話して関わってやってきたつもりだが、「お前だけがわかってると思うな」と言われた。

 

私が悪いのかな?

 

何しても理不尽を主張してもうまくまるめこまれ、「わしはやっていない」「わしはどなっていない」と言われて、言っている私が悪者になる。誰も謝ってくれない。すまん、の一言もない。

 

涙、出てきます。こんなに人間同士分かり合えないことあるんや。

 

わたしがわるいからか???

すべて私が悪いからこんなことになるのか?

わるいからか・・・・